1968年「小学一年生」12月号

イラストが印刷物になった最初の作品は、1968年「小学一年生」12月号の読者投稿ページの「はめえ」でした。大晦日の日に、大掃除で庭を竹箒で掃いていたときに、郵便で、賞品の「たまねぎたまちゃん」の金属バッヂが届いて来たのを憶えていて、ずっとバッヂは記念にとってありました。(写真)  小学館デビュー、50周年!? 

たまたま資料の調査でお会いした現代の小学館の担当の方が調べてくださって、見つかったのは、年明けの1969年2月号の「小学一年生」の「にがおえ」ページの掲載! しかし、このときには、バッヂが送られてきてなくて、この掲載は見落としていて、覚えていませんでした。かんじんの12月号だけが、本社の保管庫には欠けていて確認できなかったのですが制約のある「はめえ」だけに、考えて描いたのでだいたい憶えていて、首の長いキリンみたいな動物がふりかえっているようなのを描いたはずです。

しかも、この再発見のとき一緒に立ち合ってくださった知人、今は定年退職されていて野上暁の筆名で児童書関係の研究と文筆をされている方が、そのときの担当編集者だったと分かり! ビックリです。リアル読者だった元児童と作り手というわけです。巡り合わせの不思議。。。現物の当時の雑誌のその号を手にとらせてもらったところ、けっこう憶えていて、その影響が今につづいていることがよくわかります。

これに味をしめてか、以後ちょいちょい官製はがきに絵を描いては、雑誌に投稿しては賞品をもらってました。学研の「学習」で、当時まだ世の中に新しかったシャープペンシルを貰ったことも! 芯がまだ太いタイプで、ボディが黒でカッコイイ、と嬉しかったものです。

絵を描いて東京の出版社に送ること、印刷されて本に載って嬉しかったこと、そして何か貰えること(笑)。これがもう、東京への憧れと、イラストレーターとしての原点になってたんですねえ。指5本、きっちり描いてるし(広告イラストの掟・笑)。いやそのころは漫画家になれるつもりでいたんですが(笑)。