ピープショー・シアター(のぞきからくり)について
ピープショーは17世紀のヨーロッパで考案された装置で、遠近法と覗き穴のレンズ効果を利用して、近景・中景・遠景にいたる複数枚の絵を窓状にくり抜いたものを間隔をあけて配置し、それを片目で覗き見ることで予期せぬ視覚的な驚きを得る仕組みになっています。今では、それら歴史的ピープショーは、写真や映像の歴史をたどる関連として専門的な博物館やコレクターが所蔵するのみで、現代では広く知られるものではなくなっています。ピープショーには思いがけない浮遊感を伴った極端な遠近感や、立体的な臨場感が楽しめることから、江戸時代の浮世絵にあった”おもちゃ絵”の組み上げ絵(立版古)や見世物の覗きからくりを合わせたような視覚効果があります。そこで物語の場面などを書き割り舞台のようにして覗き見る”仕掛け絵本”のように創ってみました。
吉田稔美のオリジナル・ピープショーについて
歴史的なピープショーを初めて見たのは1990年ごろに立体視が流行し、ステレオ写真やホログラムなどにふれることが多くなった頃です。「大阪3D協会」として、藤本由紀夫、塚村眞美、細馬宏通、永原康人らの活動により、東京都写真美術館で開催された企画展「3D-BEYOND THE STEREO GRAPHY 3Dステレオを超えて」の中で所蔵品として展示されていたことがきっかけです。それから10年程たった2001年頃、シルクスクリーン版画による絵本やグリーティングカードの他に何か変わったカードの作品を創ろうと思いました。そんな時にフラッシュバックのようにピープショー制作を思い立ち、現在に至るまで創り続けています。
現存するクラシックピープショーは、いずれも細密なタッチで写真にせまる迫真性があるゆえに、3D映像などにも慣れた今の我々には物足りません。また、パースペクティヴの極端さによる視覚は、かつて日本の江戸期の浮世絵にダイナミックな構図をもたらしました。それは今なおグラフィックとしての魅力はありますが、写実的な表現でのパースのだまし絵<浮き絵>をレンズつきの箱で覗く<覗き眼鏡>は、残念ながらもはや我々に驚きをもたらすものではありませんでした。
よって、昔のものをそのまま復元したところで、現代に華々しく復活することはないでしょう。しかしながら、あの不思議なレンズ効果の思いがけなさ、浮遊感や臨場感は特別なものがあり、応用ができそうです。また<穴から覗く>という行為の楽しさは誰にでも本能的とも思えます。リアルなCGや写真ではなく、かえって浮世絵のようなグラフィック、自分のようなシンプルでフラットな絵のほうが玩具っぽい可笑しさがあるのでは、と、最初の試作では銅版画ふうに細かい線のタッチを入れてはみていたけれど中途半端。
一方、江戸時代から明治時代くらいまで、日本の浮世絵には<おもちゃ絵>というジャンルがありました。その中に、組上げ絵(上方では、立版古)という切り抜いて糊しろを貼り合わせて組立てて作るものがありました。中には何枚組にもなって大掛かりな歌舞伎舞台のミニチュアとなるものもありました。それらはあらかじめ、不自然なほど急激なパースで描かれています。この組上げされたものを10円玉大の穴をあけたカードで片目で覗いてみると! パースは、がぜん威力を発揮します。組上げ絵覗き! しかしそうしたことを彼らはしていたふうではありません。日本では、1枚絵の<浮き絵>をレンズで覗くものはあったが、レイヤー的な構造のピープショーは、なぜか作られませんでした。しかし、複数のレンズから同時に何人もで覗き、語りとともに場面が変わっていく見世物の大型覗きカラクリがありました。これらを合わせたような日本的平面表現による立体もどき、想像力で間をつないでいく古典芸能ふうが、どうも私のツボみたいです。
<おもちゃ絵>も忘れられている印刷玩具でひかれます。もっと見たい知りたいで、研究者である肥田晧三先生、アン・ヘリング先生、組上げ絵に取り組むペーパーエンジニアのトニー・コールさんにめぐりあいました。また、見世物覗きカラクリとはレンズつながりのある江戸時代の幻灯芝居<写し絵>もやはり映画の発展によってすたれて工夫された<立ち絵>となり、さらに紙芝居となるもついにテレビの普及に負ける歴史からも、ピープショーの仲間と思えて興味があります。
パースのかかった建物や風景中心の従来の西洋式の内容ではなく、むしろ借景のように大きなものが遠くにあったり、大事なものが大きく描かれる、という錯誤表現もあれば、物語の場面をじゅんに重ねていく、覗きカラクリ的仕掛け絵本のようなものには、時間を行き来し飛び越すようなことが自然にできます。また、万華鏡のような増幅感の発見もあり、目の焦点が、全部には合わないで、手前を見ると奥がぼやけ、奥をみると手前がぼやける、そうした視線の行き来も面白いでしょう。枚数にはきまりがなく、たくさんあるものもあるけれど、基本的には最低4枚、覗き穴と近景、中景、遠景のジオラマがあればよく、まあさびしいからもうちょっとくらい、というところで6コママンガ的に、目下はハガキサイズ6枚ものを基調にしています。
ゆすったり、ジャバラをのびちぢみさせると、絵が動いて見えます。アニメーションの原理にもつながっているようです。また、エンゲルブレヒト劇場の木箱のふたのかわりに、ペンライトなどを上から照らしながら動かしてみるのも面白いでしょう。ステレオ写真とまたちがって、片目で見ることによって、被写界深度が深くなり、奥行き感がうまれます。こんな動力もない紙もので、主体的に手と目で、という身体性が、エスカレートしていくのを一方的に受け取る視覚体験に慣れていると、かえってチープでバカバカしくて良いのではないでしょうか。とりわけ、(片目がつぶれるようになる)2歳児が驚いてくれると最高にうれしい。そのためなるべく説明がいらないように考えると……覗くといけないもの怖いものが見えることが道理のようで、だんだんダークな題材も。
作画したものを顔料インクのプリンタで水彩紙にプリントし、表紙の手前と奥は、薄手のスノーマットで裏打ちし、あとはオルファの普通のカッターナイフで1枚ずつ切り抜きをし、垂直に型抜きする機械の刃とちがって紙の断面そろわないのが気になるので切り口を黒く塗っておきます。そして薄手のケント紙で山折り谷折りしたジャバラをスティック糊で貼り付けていき、箱をつくります。カードサイズのオリジナル・ピープショーは2010年5月現在、33種。うち、アレンジを加えたりして4種がオフセット版で商品化が出来ました。バリエーションとして、覗き穴がたくさんあいた、30センチ角のもの(横浜そごう美術館での展示にも使用)、最小はマッチ箱入り。覗き穴は小さめで、ドアスコープのレンズで覗くとまたまた不思議な感じ。